2017年 11月 07日 ( 1 )

ジャイアント馬場顕彰記念展

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昨年、三条市名誉市民に認定されたジャイアント馬場さんの顕彰記念展が10月27日(木)から29日(日)まで厚生福祉会館で開催された。
元子夫人や馬場さんの同級生など、たくさんの協力者によって思い出の品々が飾られた。
馬場さんは四日町小学校、三条市立第一中学校、三条実業高校を中退し、1954年読売ジャイアンツに入団する。背番号は59だった。
しかし、不慮のケガにより6年余りでプロ野球を断念する。
その後、日本プロレスへ入門し、力道山亡き後は1972年に全日本プロレスを旗揚げし、世界の巨人としてスターに君臨した。
入り口を入ると正面には馬場さんの等身大の人形が置かれている。
私が初めて馬場さんを見たのは小学校5年生か6年生くらいだったと思う。
日吉神社で野球をやっていたら「馬場が来たろ!」と誰かが叫び、近くの実家まで見に行った。
「でっけえ!」生まれて初めて有名人を見たのは馬場さんだった。
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右側のパネル沿いには同郷で女優の水野久美さんと商店街にパレードした時の写真があった。
水野さんの実家は私の父親の家と近所で、父はよく麻雀しに行っていたそうだ。
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ジャイアンツ時代のユニフォームやグローブ等が展示されていた。
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中央のコーナーにはワールド・リーグ戦の優勝トロフィーがあった。
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日本プロレス時代の1972年カレンダー
懐かしい選手ばかりである。
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スタン・ハンセンに16文キックを浴びせるジャイアント馬場。
厚生会館で興行があると試合後は外人レスラー等が本寺小路へ飲みに出る。
私は20代の頃、友達とよく追っかけしていて、スタン・ハンセンと一緒にビールを飲んだ事がある。
嘘のような本当の話である。
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アンドレ・ザ・ジャイアントの試合を初めて見たのはアントニオ猪木さんの新日本プロレスが新潟市体育館で興行した時である。
馬場さんの身長は209cm、アンドレの身長は223cm。まさに人間山脈だった。
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左側のパネル沿いには巨人のOB会へ出席した際の写真がある。
長嶋さんが入団して初めてキャッチボールをしたのが馬場さんだったそうだ。
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このリングシューズで数々の名勝負を戦ってきた。
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馬場さんを名誉市民にする嘆願書には多くの人が署名した。
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馬場さんは亡くなる2ヶ月ほど前に国内通算5758試合出場を達成していた。
1999年1月31日、東京医科大学病院にて、大腸癌(上行結腸腺癌)の肝転移による肝不全により死去。61歳だった。
ちょうどこの時、私は腰の手術で入院していた。訃報はテレビのニュースで知り大変ショックだった。
売店でスポーツ新聞を買って来た。その新聞は今でも大切に保存してある。
こちらが三条市名誉市民の公式写真に選ばれている。
さぞ著名な写真家が撮影されたのではないだろうか?
馬場さんのやさしさが素直に伝わってくる。
私もこんな風に撮れるカメラマンになるために日々特訓中です。
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Canon EOS 7D Mark II EF-S18-135mm f/3.5-5.6 IS USM
F6.3 1/60秒  ISO2000 13:44 晴れ
撮影日 2017.10.27 撮影地 三条市旭町・三条厚生福祉会館



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by chonger58 | 2017-11-07 22:11 | スポーツ | Trackback | Comments(0)